故郷の滅亡を嘆くことを言います。
【麦秀】は、麦の穂がのびることをいいます。
『史記』宋微子世家に記載されていることばです。
一族の諫めも聞かずに、殷の紂王は国を滅ぼしてしまいました。
殷の王族の一人箕子(キシ)は朝鮮に封じられました。
後に周の都に参内して、殷の故都を通ったときの様子です。
其後箕子朝周、過故殷虚。
其の後、箕子(キシ)、周に朝(チョウ)し、故(もと)の殷の虚(キョ)を過ぐ。
その後、箕子は周を訪問し、もとの殷の城趾を通り過ぎた。
感宮室毀壞、生禾黍、
宮室(キュウシツ)毀壊(キカイ)し、禾黍(カショ)を生ずるに感じ、
宮室は荒廃して跡かたもなく、稲や黍(きび)が茂っているのを見て、
箕子傷之。
箕子之を傷む。
箕子は感慨を禁じえなかった。
欲哭則不可。
哭せんと欲すれば則ち不可なり。
号泣すれば憚りがあり、
欲泣爲其近婦人。
泣かんと欲すれば其れ婦人に近しと為す。
涕泣(テイキュウ)すれば婦人のように女々しい。
乃作麥秀之詩以歌詠之。
乃ち麦秀の詩を作り、以て之を歌詠す。
そこで麦秀の詩を作って詠った。
平成23年(2011年)3月11日14時46分に、宮城県沖の海底で発生したマグニチュード9の地震によって発生した津波によって東北地方~関東北部の大平洋沿岸部に壊滅的な被害をもたらした東日本大震災が発生した日です。
また、この震災が引き金となって福島第一原子力発電所のメルトダウン事故が発生しました。
3月10日 新聞一面の見出しは「復興予算 使えず基金化」でした。
3年たっても復興は遅遅として進んでいません。