【土脉(どみゃく)潤(うるお)い起(お)こる】と訓読みされまして、2月19日~2月23日の5日間を、季節感を以て表現された言葉です。
【土脉潤い起こる】は、雨が降って土が湿り気を含む季節という意味を表しています。
【土脉】の【脉】は「脈」の俗字です。
「七十二候」の第4侯を表す言葉でもありますし、2月19日は「二十四節気」で立春の次ぎにあたる「雨水」の入りでもあります。
今年のように、大雪のあと【土脉潤い起こる】などと言われましても・・・・。
日本では古代から江戸時代初期までは、中国から伝わった暦(太陰太陽暦)が使われていました。1685年からは渋川春海(しぶかわはるみ)の手によって完成された、日本人による暦、貞享暦(ジョウキョウレキ)が使われました。
【土脉潤い起こる】もこの時から記載されました。
それ以前の第4侯は「獺(かわうそ)魚(うお)を祭(まつ)る」でした。
因みに暦の簡単な歴史です。
元嘉暦(ゲンカレキ) 6世紀頃 百済から伝えられた宋の時代の中国暦。
儀鳳暦(ギホウレキ)690年から元嘉暦と併用され、697年からは単独で使用されました。
大衍暦(タイエンレキ)764年~861年まで使われた中国暦です。
宣明暦(センミョウレキ)862年~1685年まで使用された中国暦です。
貞享暦(ジョウキョウレキ)初めて日本人により編纂された暦で
1685年2月4日(貞享2年1月1日)~1755年まで使われました。
宝暦暦(ホウリャクレキ)1755年~1798年まで使用された和暦です。
寛政暦(カンセイレキ)1798年~1844年まで使用された和暦です。
天保暦(テンポウレキ)1844年~1872年(明治5年12月2日)
『明治5年(1872年)12月3日を以って、明治6年(1873年)1月1日とする』。
明治政府は明治5年11月9日(1872年12月9日)に改暦詔書を出し、時刻法も従来の一日十二辰刻制から1日24時間の定刻制に替えることを布達したのです
明治6年(1873年)に太陽暦である現行のグレゴリオ暦へ改暦され現在に至っています。
改暦以前のものを旧暦と呼んでいます。