【日暮れて途(みち)遠し】と訓読みされます。
日が暮れてしまったけれど、前途はまだまだ遠いという意味から、目的を達成していないのに年老いてしまったこと。または、期限が迫っているのにやるべき仕事を終わらせていないことを表します。
【日暮途遠】の四字熟語よりは、読み下した【日暮れて途遠し】のほうで馴染まれています。
【日暮れ】の【暮】は、もともと【莫】が「くれ」を表す字でしたが、発音が同じことから「~することなかれ」の意味に使われることが多くなり、「くれ」を表す字として「莫」に「日」を加えた【暮】を作りました。
出典は『史記』伍子胥(ゴシショ)列伝です。
春秋時代後期、伍子胥は楚の平王に父と兄を殺され、その復讐を心に誓いました。
以前楚にいたころ、伍子胥は申包胥(シンホウショ)と付き合っていました。
伍子胥が呉に逃亡する時、申包胥に次のように言った。
「自分はきっと楚を滅ぼしてみせる」と。
申包胥は言った。
「自分はきっと楚を保たせよう」と。
呉に亡命してから十四年、ついに伍子胥は祖国楚に戻ってきました。復讐すべき平王は、すでにこの世の人ではなく、息子の昭王を捜させた。しかし昭王はすでに逃げ去った後であった。
しかたなく、平王の墓を掘り返し、死体を掘り出した。
(伍子胥は死体に)300回鞭打ちをして、やっと気が済んだ。
このとき申包胥は山中に逃れていたが、(その話を聞き)伍子胥に人を遣(や)って伝えた。
君の仇討ちは、酷いものだ。死屍(シシ)に鞭(むち)打つ、とは。
君は、もともと亡き平王の臣下であったではないか。
親しく仕えておきながら、今になって君王の死骸を辱めるとは。
天道を蔑(ないがし)ろにする極みではないか。
これに対して、伍子胥は(その使いの者に)言った。
為我謝申包胥曰、
我が為に申包胥に謝して曰(い)へ、
私の為に申包胥に伝えてくれ
吾日莫(暮)途遠、
吾れ日莫(く)れて途遠し、
私はもう日が暮れているのに、行く道の遠い思いである。
吾故倒行而逆施之。
吾故に倒行して之を逆施(ゲキシ)せり、と。
私はだから、あわて急いで、道理に逆らうことをしたのだ、と。