「後生可畏」は、「後生、畏(おそ)るべし」と訓読みされることが多いです。
「後生」は自分より後から生まれた人。また後輩、若者を言います。
「畏るべし」は、おそれ敬うべきであると言う意味になります。
『後輩たちは、年も若いし、精力もあり 将来に大きな可能性を秘めています。敬愛して見守りましょう』が大意です。
出典は『論語・子罕(シカン)』です。
原文は
「子曰く、後生畏るべし。焉(いづく)んぞ來者(ライシャ:後輩たちの未来)の今に如(し)かざるを知らんや」。
意訳しますと
「孔子言う、後輩すなわち、私達より後に生まれた青年たちは、年も若いし精力もあるから、まことに畏敬すべきである。後輩たちが、自ら努力するならば、将来の彼らが、現在の我々に、どうして及ばないと言えるだろうか、いや 我々より劣ることはないだろう」。
孔子は、若者に期待をしたのでしょう。 本文ではこの後、結構きびしいことを言ってます。
「しかし、努力が足りなくて、40歳、50歳になっても、世間に知られないようでは、もうダメだね」。
キツイなぁ。
新成人の皆さん、オンリーワンを目指す道もありますよ。
或ることに、10000時間、取り組むとその道の権威者になれるそうです。
ウソかホントか、試してみる価値はありそうです。