知っていることは知っていると言う。知らないことは知らないと言う。
これが本当に知るということだ、と孔子が弟子の子路に言った言葉です。
『論語』為政篇にでています。
子曰、由、誨女知之乎。
子曰く、由(ユウ)、女(なんじ)に之(これ)を知るを誨(おし)へんか。
孔子が言いました、由(弟子の子路の名)よ、お前に知るとはどういうことか教えようか。
知之爲知之、
之を知るを之を知ると為(な)し、
自分の知っていることは知っているとし、
不知爲不知。
知らざるを知らずと為す。
知らないことは、知らないとはっきりさせる。
是知也。
是(こ)れ知るなり。
これが本当に知るということだ」と
子路(B.C.543年~B.C.481年)は、孔門十哲の一人です。姓は仲、名は由ですが、『論語』では字の子路で呼ばれています。季路とも呼ばれます。
魯国出身。孔子門下でも武勇を好み、いささか軽率なところがある反面、質実剛健たる人物でもあったようです。
『論語』には、孔子にとがめられたりしてますが、愛された姿を窺わせる記述もあります。
弟子の中で『論語』に出てくる回数が最も多いのも子路であります。
『史記』によれば、衛の高官にとりたてられましたが、反乱で落命してしまいました。
死の直前、冠の紐を切られた子路は、「君子は冠を正しくして死ぬものだ」と言って結びなおしました。