時間が過ぎ去ってしまうことの嘆きを表す四字熟語です。
【川上】はセンジョウと音読みされまして、川のほとりのことです。
『論語』子罕(シカン)篇に出ています。
子在川上曰、
子(シ)、川の上(ほとり)に在(あ)りて日く、
孔子が、ある時、川のほとりに居て、
(流れてやまない川の水をながめて詠嘆していうには)
逝者如斯夫。
逝(ゆ)く者は斯(かく)の如きか。
過ぎ去って帰らぬものは、すべてこの川の水のようであろうか。
不舎晝夜。
昼夜を舎(お)かず。
昼となく夜となく、一刻も止むことなく、過ぎ去っていく。
(人間万事、この川の水のように、過ぎ去り、うつろっていくのだなあ)。
【川上之嘆】を読むたびに、『方丈記』の冒頭が思い浮かびます。
おそらく鴨長明は、『論語』のこの部分が頭にあったのではないでしょうか。
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人と栖と、またかくのごとし。