【渇(カツ)すれども盗泉(トウセン)の水を飲まず】と読みまして、のどが渇いても盗泉という悪い名のついた泉の水は飲まない、という意味です。
出典は、陸機の樂府『猛虎行(モウココウ)』です。
旅の苦難をうたった詩のかたちになっていますが、陸機の高邁な志が認められない悔しさを込めた詩でもあるそうです。20句と長い詩です。全文掲載しました。
渇不飲盗泉水
渇すれども盗泉の水を飲まず
渇いても盗泉の水は飲まない
熱不息悪木陰
熱すれども悪木の陰に息(いこ)わず
暑くても悪木の影には休まない
悪木豈無枝
悪木 豈(あ)に枝(えだ)無からんや
悪木に枝がないわけではないが
志士多苦心
志士 苦心多し。
志高き士は苦心することが多いのである。
整駕肅時命。
駕(ガ)を整(ととの)えて時命(ジメイ)を肅(つつし)み。
馬車を支度して、命令をかしこみ
杖策将遠尋
策(つえ)を杖(つ)きて將(まさ)に遠く尋(たず)ねんとす。
杖をついて遠く旅立つ
飢食猛虎窟。
飢(う)えては猛虎の窟(いわや)に食(く)らい。
飢えては猛虎の窟のなかで食べ。
寒棲野雀林。
寒くして野雀(ヤジャク)の林に棲(す)む。
寒くなれば野鳥の林に寝る
日歸功未建。
日(ひ)歸るも功(コウ)未(いま)だ建(た)たず。
日は沈み功はいまだ立てられず
時往歲載陰。
時(とき)往(ゆ)きて歲(とし)は載(すなわ)ち陰(く)る。。
時は移り年はとる
崇雲臨岸駭。
崇雲(スウウン) 岸に臨(のぞ)みて駭(お)き。
高い雲が岸の上に沸き起こり
鳴條隨風吟。
鳴條(メイジョウ) 風に隨(したが)いて吟ず。
木々の枝は風のままに音を立てる
靜言幽谷底。
靜(かに)言(おも)う 幽谷(ユウコク)の底。
深い谷底で静かに物思いに耽り
長嘯高山岑。
長嘯(チョウショウ)す 高山(コウザン)の岑(みね)。
高い山の峰で声を長く延ばして嘯(うそぶ)く
急絃無懦響。
急絃(キュウゲン) 懦響(ダキョウ)無く。
激しくかき鳴らす絃に弛(たる)んだ響きはなく
亮節難為音。
亮節(リョウセツ) 音を為(な)し難(がた)し。
きっぱりした調子は並みの音をなさぬほど
人生誠未易。
人生 誠に未だ易(やす)からず。
人生はまことに容易ならぬもの
曷云開此衿。
曷(なん)ぞ云(ここ)に此の衿(えり)を開(ひら)かん。
この胸の思いを解き放つことはできようか。
眷我耿介懷。
我が耿介(コウカイ)の懷(おも)いを眷(かえり)みて。
志ばかりが高い己を顧みて
俯仰愧古今。
俯仰(フギョウ)して古今(コキン)に愧(は)ず。
上を仰ぎ下に俯して古今の人々に恥じる