文才に恵まれていること。また、すぐれた詩文を素早く作る才能があること。
出典は『世説新語』です。
中国三国時代、魏(ギ)の曹操(ソウソウ)の子であった曹丕(ソウヒ)曹植(ソウショク)兄弟は互いにすぐれた詩才があった。曹操の死後、文帝に即位した兄の曹丕は弟の才能を妬(ねた)んで、あるとき「七歩歩く間に詩を作れ。できなければ死罪にする」と命じました、
文帝 嘗(かっ)て東阿王(曹植)をして七歩の中に詩を作らしめ,
魏文帝(曹丕)は、ある時東阿王に七歩歩く間に詩を作れと命じ
成らずんば大法を行はんとす。
もしできなければ極刑に処するといいました。
声に応じて便(すなわ)ち詩を為(つく)りて曰く。
曹植はこれに応じて、すぐに詩を作りました。
豆を煮て持って羹(あつもの)を作り
豆を煮てスープを作り、
豉(シ)を漉(こ)して以って汁と為す
醗酵した豉(みそ)を漉して汁にします
萁(まめがら)は釜下に在りて燃え
豆殻は釜の下で(燃料にされて)燃え、
豆は釜中(ふちゅう)に在りて泣く
豆は釜の中で泣いている
、同根自り生ず
私達は元は同じ根から育った豆と豆がらなのに、
相(あい)煎(い)ること何ぞ太(はなは)だ急なると
なぜそんなに急いで煮ようとするのですか。
帝深く慙(は)ずる色有り。
これを聞いて、帝は深く恥じいる表情をみせた。
今日は『精霊の日』だそうです。
柿本人麻呂、和泉式部、小野小町の3人の忌日がこの日なんだそうです。
百人一首のなかの歌です。
柿本人麻呂。 あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む
和泉式部。 あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな
小野小町 。 花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに