【良禽(リョウキン)は木を択(えら)んで棲(す)む】と読みまして、賢い鳥は止まる樹を自分で択ぶが、樹は鳥を択んで引き止めることは出来ないということを表すことばです。
出典は『春秋左氏伝』哀公11年(B.C.484)です。
孔文子之將攻大叔也、
孔文子(コウブンシ)の將(まさ)に大叔(タイシュク)を攻めんとするや、
孔文子が大叔を攻めようとしたときに、
訪於仲尼
仲尼(チュウジ)に訪(と)う。
孔子に相談すると
仲尼曰
仲尼曰く、
孔子が言いました
胡簋之事、則嘗學之矣。
胡簋(コキ:祭器)の事は、則(すなは)ち嘗(かっ)て之を學べり。
祭器のことは以前に学んだことはあるが、
甲兵之事は、未之聞也。
甲兵の事は、未だ之を聞かざるなり、と。
よろいや武器をもって合戦することはまだ聞いておりません、と答えて
退命駕而行曰、
退きて、駕を命じて行(さ)らんとして、
孔文子の前をさがって車の用意を命じて出発しようとした時、
鳥則擇木。木豈能擇鳥。
鳥は則ち木を擇ぶ。木豈(あに)能く鳥を擇ばんや。
鳥はとまるべき木を択ぶが、木は鳥を択んで引き止めることは出来ない、と言いました。
文子遽止之曰、
文子遽(あわ)てて之を止めて曰く、
これを聞いた、孔文子はあわてて孔子を止めて、言いました
圉豈敢度其私。
圉(ギョ:孔文子のこと)、豈(あ)に敢えて其の私を度(はか)らんや。
わたしは、自分のことを相談した訳ではありません。国の難儀について相談したのです。