【驥(キ)、塩車(エンシャ)に服(フク)す】と読みまして、すぐれた人物が、いたずらに労役に服して才能が発揮できないこと。駿馬が塩を積んだ車を引かせられていることから言われた言葉です。
出典は『戦国策』「楚策」です。
中国戦国時代の遊説家、汗明(カンメイ)が楚の令尹(宰相)である春申君に会見して言った言葉にもとづいたものです。
汗明曰、君亦聞驥乎。
汗明曰く、君も亦た驥を聞くや。
汗明が言いました、わが君もまた驥の話をご存じでしょう。
夫驥之齒至矣。服鹽車、而上太行。
夫れ驥の齒(よわい)至れり。鹽車に服して太行に上ぼる。
かの驥は適齢に至ったので、塩を積んだ車を引かせて太行(山脈)に登らせました。
蹄申膝折尾湛胕潰、
蹄は申(の)び膝は折(くじ)け尾は湛(しづ)み胕(フ)は潰(みだ)れ、
蹄は伸び膝は曲がり、尾は垂れ足はつぶれ、
漉汗灑地、白汗交流、
漉汗(ロクカン)地に灑(そそ)ぎ、白汗交(こもごも)流れ、
したたる汗は地にそそぎ、白い玉の汗が地に流れ落ち、
中阪遷延、負轅而不能上。
中阪に遷延し、負轅して上ること能はず。
坂の途中で後ろに下がり、轅をつけたまま上ることが出来ません。
伯楽遭之、下車、攀而哭之、解紵衣以冪之。
伯楽之に遭ふ。車より下り、攀(ひ)きて之を哭し、紵衣(チョイ)を解きて以て之を冪(おほ)ふ。
そこに伯楽が通りかかり、車から下りて驥を抱くと大声で泣き、麻の衣を脱いで
かけてやりました。
驥於是俛而噴、仰而鳴。
驥、是において俛(フ)して噴(はななら)し、仰ぎて鳴く。
すると驥はうつむいて鼻息を吹き、ふりあおいで鳴きました。
聲達於天、若出金石聲者、何也。
聲天に達し、金石より聲の出づる若き者は、何ぞや。
その声は天まで届き、楽器から出る音のように美しかったと言いますが、なぜでしょうか。
彼見伯楽之知己也。
彼、伯楽の己を知るを見ればなりと。
驥は、伯楽が自分の力量を見抜いてくれた、と知ったからです。
汗明は、わが君も私を高くいななかせてくれませんか、と自分を売り込んだのでした。