腹を捧えて大笑いすることです。
【捧腹】は、腹を捧(かか)えることで、腹を捧えて大笑いすることです。
「かかえる」には「抱」の字が使われますが、【ホウフクゼットウ】の場合は、
【捧:ホウ】を使います。「抱腹」と書いても間違いではありません。
【捧】の「扌」を「木偏」に変えますと「棒」になり、チョット見ると間違いやすい字です。
【絶倒】は、転がるほど大笑いをすることです。
出典は、『史記』日者(ニッシャ)列伝です。
武帝のころ、大臣の宋忠(ソウチュウ)と賈誼(カギ)が話をしていました。
「昔から、聖人、賢者は、朝廷の中にいなければ、うらない師や医師の中にいるということだ。
探しに行って見ようじゃないか」
長安の東の市場で占いをしていた司馬季主(シバキシュ)が、弟子たちを集めて講義していました。
忠と賈誼は立ち聞きしていましたが、並々ならぬ人物だと見抜き、声をかけました。
「あなたほどの方が、どうして、このような低い地位におられ、占いを商売としてお金をもらうような
汚れた仕事をしているのか」。
これを聞いて、司馬季主は【捧腹絶倒】して言いました。
「お見受けしたところ、あなた方は学問のある人のようですが、これはまたなんとクダラナイことを
言うのですか。あなた方は、高い官職につき、高額の給料をもらうのが聖人、賢者だと
思っているのではないですか・・・・・」。
そんなことには何の価値も無いことを司馬季主から、滾々(コンコン)と説教されます。
聞き終わって、宋忠(ソウチュウ)と賈誼(カギ)は呆然として自失し、顔色もなく口を噤(つぐ)み、
物も言うことが出来ませんでした。
再拝して立ち去り、あてどもなく歩き回り、やっと自力で車に乗りましたが、ついに元気を出すことが
出来ませんでした。司馬季主の話は、それほどに衝撃が大きかったようです。
【捧腹絶倒】の大笑いは、オモシロいから笑っているのではなくて、考え方が幼いのでバカにして大笑いしているのでした。
なお、【襟(えり)を正す】 という言葉も、三人が絡んだエピソードによります。
宋忠と賈誼が司馬季主と会った際に、彼が深い学識を持った素晴らしい人物であることに感動し
纓(エイ)を猟(と)り襟を正して危坐(キザ)す。
冠の紐を整え、襟をきちんと直し、正しく座り直した。
とある故事に基づくものです。
その後、宋忠と賈誼は出世コースを歩みましたが、二人とも非業の死を遂げました。作者である司馬遷は、次のように結んでいます。
「彼らは栄華を求めようと努力して、かえって、生の根本を絶った者である」。