【西施(セイシ)も醜(シュウ)とする所(ところ)有(あ)り】と読みまして、
すぐれたものにも欠点があるということのたとえです。
賢者にも短所があるというたとえでもあります。
出典は『淮南子』説山訓です。
嫫母有所美,西施有所醜。
嫫母(ボボ)も美とする所有り,西施も醜(シュウ)とする所有り。
嫫母も美くしいとする所がありますし、西施も醜いとする所があります。
嫫母古之醜女、而行貞正。
嫫母は古の醜女なり、而るに行ひ貞正なり。
嫫母は昔から醜女と言われているが、品行正しく貞淑であるという長所を持っている。
故曰、有所美
故に曰く、美とする所有り、と。
だから、立派である、と言われています。
西施古之好女。
西施は古の好女なり。
西施は昔から美人のほまれ高い女性です。
雖容儀光豔、未必貞正。
容儀(ヨウギ)光豔(コウエン)と雖(いえど)も、未だ必ずしも貞正ならず。
姿や立ち居ふるまいは、あでやかではあるが、
必ずしも品行正しく貞淑であるとは言えない。
故曰、有所醜。
故に曰く、醜とする所有り、と。
だから、醜いと思われる所を持っている、と言われています。