【六親(リクシン)和せずして、孝慈(コウジ)あり】と読みます。
一家の間に不和が生じて、始めて孝行とか慈愛などが必要となる。
一家が平和であれば、孝行だの慈愛だなどと、取り立てて言う必要はない。
孝行や慈愛が云々されるのは六親が和合していない証拠である。
六親は、父・子・兄・弟・夫・妻をいいます。
出典は『老子』18章です。この章は逆説の章として有名です。
以下に18章を記載しますが、その中で『仁義』、『孝慈』、『忠臣』というのは、すべて真実なものが失われた結果として現れたものだ、と老子は言っています。
大道廢、有仁義。
大道廃(すた)れて、仁義あり。
大いなる『道』が衰えると、博愛と正義すなわち『仁義』が声高に叫ばれる。
智惠出、有大僞。
智恵出でて、大偽(タイギ)あり。
知識や賢さが言い立てられたときに、その反動で大いなる偽善が目覚めてくる。
六親不和、有孝慈。
六親(リクシン)和せずして、孝慈(コウジ)あり。
肉親が仲良くならなくなると、慈愛に満ちた親や孝行息子が生まれてくる。
國家昬亂、有忠臣。
国家昏乱(コンラン)して、忠臣あり。
国家が大いに乱れて,法が蔑ろにされてくると、忠義の臣なるものが現れてくるのだ。