物事の一部分だけを見て全体を推測することです。
豹の一つの模様を見て、豹の全体を推測することから、見識の狭いことのたとえです。
『世説新語』方正にあるお話の一つです。
晉(シン)の王献之(オウケンシ)は数歳のころ、書生・居候といった連中が、
樗蒲(チョボ:ばくち) をやっているのを見ていましたが、勝負がついたなとみて、
「南風(ナンプウ)競(きそ)わず:一方のはたいろが悪いね」と言いました。
門生輩輕其小児迺曰
門生輩、其の小児なるを軽んじ、迺(すなは)ち曰く
書生たちは、王献之が子供であるのを侮(あなど)って言いました
此郎亦管中窺豹時見一斑。
此の郎(ロウ)も、亦管中より豹を窺ひ、時に一斑を見るのみ、と。
この坊やも、管の穴から豹の皮をのぞいて、たまたま、まだらぶちを一つ見ただけだ。
(書生たちの本音:チョット見ただけで、子供なんかに分かってたまるか)
そう言われた王献之は怒って、その場をサッサと立ち去りました。
王献之は書聖(ショセイ)王羲之(オウギシ)の息子です。
草書、隷書にすぐれ父と共に『二王』と呼ばれました。