すべて過失はつつしみの無い事から起こる、という意味です。 『言志後録』17条の言葉です。
過生於不敬。
過は不敬に生ず。
すべて過ちは、敬、即ちつつしみの欠けた結果である。
能敬則過自寡矣。
能(よ)く敬すれば則ち過自(おのずか)ら寡(すくな)し、
よく敬を以て慎しんでいれば過ちは自然に少ないものである。
儻或過則宜速改之。
儻(も)し或(あるい)は過(あやま)たば則ち宜しく速(すみや)かに之を改むべし。
もし、過ちを犯したならば、速かに改めるのが宜しい。
速改之亦敬也。
速に之を改むるも亦敬なり。
過ちを改めることも、また敬であり慎むことである。
如顔子不弍過。
顔子(ガンシ)の過を弐(ふたた)びせざる、
弟子の顔回が同じ過ちを二度としなかったことも、
子路喜聞過。
子路(シロ)の過を聞くを喜ぶが如きは、
また、子路が自分の過ちを注意してもらうのを喜んだのも、
莫非敬也。
敬に非(あら)ざる莫(な)きなり。
いずれも慎しむことである。