春の蘭と秋の菊、時期はそれぞれ違いますが、どちらも優劣付けがたく美しいという意味の四字熟語です。
【春】は、二千数百年まえの金文で「春」の原字として【艸(くさかんむり)+屯+日】の字が出現しました。
形声文字です。「屯(シュン)」が音符号です。
冬の間、閉じ込められていた草の根を表していて、それが日の光を受けてようやく芽を
出そうとする意味です。それに「艸」が加えられて、「春」の原字が作られました。
【蘭】は、【艸(くさかんむり)+闌】からできた形声文字です。「闌」が音を表わします。
【秋】は、【禾+龜+灬】からできた会意文字です。「禾」はイネ、穀物で、「龜」の部分は
コクゾウムシなどの虫の形です。秋になると虫が大発生して被害を受けるので、
虫を焼いて豊作を祈る儀式を表す字として作られました。「秋」の字が「禾+火」であるのは
「火」で穀物に付いた虫を焼くということだったのです。
秋の古い字は「龝・穐」でした。「千穐楽」と書かれた幟(のぼり)を目にします
【菊】は、【艸(くさかんむり)+匊】からできた形声文字です。【菊】は「キク」という音がそのまま
日本語となりました。ですから【菊】に訓読みはないのです。
『楚辞』九歌・礼魂に、毎年の春秋に霊魂を祀る鎮魂歌が記載されています。
その中に春は蘭を捧げ、秋は菊を捧げて、永遠に亡き人を忘れずに祭りましょうと詠われています。
【春蘭】、【秋菊】が並べて記載されるのは『楚辞』が初出のようです。短いので全文を示します
礼を成して鼓(つづみ)を会し、芭(ハ)を伝えて代る代る舞う。
礼を行い、太鼓を打ち、香草を手渡しては、代わる代わる舞う。
姱女(カジョ) 倡(うた)いて容与(ヨウヨ)たり。
美しき巫女(みこ)は、のどかに歌い遊ぶ。
春蘭と秋菊と、長く絶ゆることなく終古(シュウコ)ならん。
春蘭と秋菊と、祭りは長く絶えることなく、とこしえまでも変わらないであろう。
この【春蘭】、【秋菊】が祭りにお供えする花であったことから、「花の中の花」として、優劣つけがたいものの例えに使われるようになりました。
『旧唐書:クトウジョ』裴子余(ハイシヨ)伝に、優劣つけがたい例えとして【春蘭】、【秋菊】が用いられています。
裴子余は詩づくりで名を馳せていました。
また同僚の李朝隠(リチョウイン)・程行諶(テイコウシン)は、文章づくりで著名でした。
ある人が雍(ヨウ)州の長官・陳崇業(チンスウギョウ)に彼ら三人の優劣を尋ねました。
崇業曰く、之(これ)を春蘭秋菊に譬(たと)うるに、倶(とも)に廃(はい)すべからず。
彼が言うには、「彼らは喩えてみれば、春蘭と秋菊であり、優劣つけがたく、
だれひとり捨て去るわけにはいかない」。
蘭・菊の他に竹・梅を加えて、君子のように気品がある植物として「蘭」「竹」「菊」「梅」を『四君子』と言って讃えていました。