人間の持っている六種類の感覚・知覚を清らかにすることを言います。
清らかにするというのは、六種類の感覚・知覚が対象とするものに執着しないということのようです。
まず六根とは、
眼(ゲン)、耳(ニ)、鼻(ビ)、舌(ゼツ)、身(シン)、意(イ:意識)の六器官をいいます。
【六根】それぞれに、受け持つ対象があります。その対象に拘(こだわ)らないというのが、【清浄】のようです。
六根 (感覚) ・・・・・・・・・・・・対象 清淨にするには
1)眼根 (視覚) ・・・・・・・・・・・・・色 不浄なものを【見ない】
2)耳根 (聴覚)・・・・・・・・・・・・・・声 不浄なものを【聞かない】
3)鼻根 (嗅覚)・・・・・・・・・・・・・・香 不浄なものを【嗅がない】
4)舌根 (味覚)・・・・・・・・・・・・・・味 不浄なものを【食べない】
5)身根 (触覚)・・・・・・・・・・・・・・触 不浄なものを【触れない】
6)意根 (意識)・・・・・・・・・・・・・・法 不浄なものを【感じない】
『般若心経』にも、六根とその対象について、
是故空中無色 無受想行識
このゆえに、空(クウ)の中に色(シキ)はなく、受想行識(ジュソウギョウシキ)もない。
無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
眼耳鼻舌身意もなく、色声香味触法 もない
無眼界乃至無意識界
眼界から意識界もない。
拘るから悩むんです、ないと思えば拘らなくて済むんです、というようなことを言ってるみたいなんです。
そりゃそうだろうけど、我々凡人には、そんなこと出来ません。
この【六根】を【清浄】にして、お釈迦さまが最初の説法において説かれたと言われている八正道を実践するのが、修行の一つの方法だそうです。 参考までに。
① 正見 (ショウケン)・・・・・・・・・・正しくものを見る
② 正思惟 (ショウシユイ)・・・・・・・・・正しく考える
③ 正語 (ショウゴ)・・・・・・・・・・・正しく言う
④ 正業 (ショウギョウ)・・・・・・・・・正しい行いをする
⑤ 正命 (ショウミョウ)・・・・・・・・・正しい生活をする
⑥ 正精進 (ショウショウジン)・・・・・・・正しく努力する
⑦ 正念 (ショウネン)・・・・・・・・・・正しい気遣い
⑧ 正定 (ショウジョウ)・・・・・・・・・正しい集中力
汚れた六根では、八正道を実践するのが無理ということで昔の人は山ごもりなどをして、俗世との接触を断って修行なさったそうです。
登山の際に掛け声として【六根清浄、お山は晴天】などというのはこの名残なんでしょう。
俗説だそうですが、【六根清浄】が【六根浄(ロッコンジョウ)】と変化して【ドッコイショ】になったとか。
戦前までは富士山への登山の際にも掛け声として【六根清浄】が用いられていたそうです。
今は言わないのかなあ
真似でもいいから【八正道】を実践すると崇高な気分になるんじゃないでしょうか。
やってみようかな、・・・・・・・俗に塗(まみ)れた、我が身は無理か。 残念。