五十歳になっても、これと言った功績もないのは、まことに恥ずかしい。
鎌倉室町時代の武将、細川頼之(よりゆき)が、剃髪して帰国する時の心情を述べた詩句です。
尊氏の長男・義詮(よしあきら)が二代目将軍を務めていましたが、その臨終に際し、管領(カンレイ)の
細川頼之に、まだ11歳の義満(三代将軍)の教育を託しました。
頼之は遺命通り身を挺して義満を補佐しましたが、年若い未熟な義満は頼之の誠意ある諫言(カンゲン)を快く思わず、また周囲の家臣たちも、頼之の武将としての才能を妬(ねた)んで、主従の離間策を企てる動きが出始めました。
頼之は遺命の達し難いことを悟り、1379年に管領を辞職すると同時に剃髪し、常久(ジョウキュウ)と名を改め、京を去りました。51歳。この詩:『海南行』はその時の作と言われています。
人生五十愧無功
人生五十 功(コウ)無きを愧(は)ず
五十年も生きて、なんの手柄もないことが恥ずかしい。
花木春過夏已中
花木 春過ぎて 夏已(すで)に中(なか)ばなり
花開く春はもう過ぎて、すでに夏も半ばである。
満室蒼蝿掃難去
満室の蒼蝿(ソウヨウ) 掃(はら)えども去り難く
部屋中に青バエ(讒言して頼之を失脚させた足利家の家臣たち)が
飛び交っており、払っても払ってもしつこい。
起尋禅榻臥清風
起ちて禅榻(ゼントウ)を尋ねて 清風(セイフウ)に臥(が)せん
座禅に使う腰掛を持ってきて、清らかな風に吹かれながら寝転がろうか。