【中道にして廃(ハイ)す】と訓読されまして、【途中でやめてしまう】という意味ですが、『論語』雍也篇で孔子が弟子の冉求に対して、あきらめが早すぎることを注意している場面での言葉です。
「発」の正字は「發」です。「廃」の正字も「廢」です。
冉求曰、
冉求(ゼンギュウ)曰く、
冉求が言いました
非不説子之道、
子の道を説(よろこ)ばざるに非(あら)ず。
先生の教えを素晴らしいと感嘆しない訳では有りませんが、
力不足也、
力足らざればなり。
(私には)力が足りないのです。
子曰、
子曰く、
孔子が言いました。
力不足者、中道而癈、
力足らざる者は、中道にして癈す。
力の足りない者は(やるだけやって)途中で挫折してしまうが、
今女畫、
今女(なんじ)は画(かぎ)れり、と。
今のお前は最初っから、やりもしないで自分から見切りをつけている。
(もっとしっかりしなさい!)