【他力(タリキ)といふは如来(ニョライ)の本願力(ホンガンリキ)なり】
親鸞の著した『教行信証:キョウギョウシンショウ』に記載されている言葉です。
『教行信証』は正式書名『顕(ケン)浄土(ジョウド)真実(シンジツ)教行証文類』といいまして、
教の巻・行の巻・信の巻・証の巻・真仏土の巻・化身土の巻、の6巻から構成されています。
阿弥陀如来の願い文を根拠にして、経典や祖師の文章を引用しながら、親鸞が自説を加えて徹底した【他力救済】の教えを説いた書物です。
【他】と言いますのは『阿弥陀如来』のことです。救われる側の衆生(生き物すべて)から見ての【他】です。
【力】と言いますのは『阿弥陀如来』が約束したことを実行することを、言います。
【本願】と言いますのは文字通り本来の念願ですが
親鸞が言ってますのは、【他力(タリキ)といふは如来(ニョライ)の本願力(ホンガンリキ)なり】。
ですから
他力=本願力、と言うことです。
とにかく【阿弥陀如来】さんのマニフェスト実行力とでもいうようなものだと考えると宜しいかと思います。
四十八願あるそうで、その中の十八番目が、
有名な「念仏を唱えていれば極楽往生できる」というマニフェストです。
ただし、五逆の罪を犯したり、仏の教えを謗(そし)る者だけは除くそうです。
浄土真宗、中興の祖と言われている蓮如(レンニョ:1415年~1499年)は
『自力で悟る能力のない私たちは、ひたすらに阿弥陀仏を深く頼んで、後生を助けて下さいとお願いする人をすべて救い取って下さると信じて、ゆめゆめ疑いの心があってはならない。これを阿弥陀如来がお誓い下さった【他力本願】と言うのである』といっています。
自分では努力せずに、もっぱら他人に頼ろうとする意味に使われることが多いのですが、これは本来の意味からしますと、間違った使い方です。