人の気に入られるように振る舞ったり、喜ばれるように働きかけることを言います。
【機嫌】も【気褄】も人の気分の良し悪しのことを言います。同義の二語を重ねて強調というよりは、
語調を整えた言い方のようです。
『大般涅槃経』に「息世譏嫌戒:世の譏嫌を息(や)める戒」という戒律があって、
「世間の人たちから譏(そし)り嫌(きら)われない行動をとる」という意味だそうです。
【機嫌】は、【譏嫌】がもとになってできた言葉のように思われます。
【気褄】は、『漢字源』その他の漢和辞典どれを見ても出ていませんでした。漢語ではないようです。
『広辞苑』には、気持。機嫌。と記載されていました。
谷崎潤一郎『細雪』の大変な長文の中に【機嫌気褄】が出ています。
大概の大商店が株式組織になった今日では、「番頭さん」が「常務さん」に昇格して
羽織前掛けの代りに背広を着、船場言葉の代りに標準語を操るようになったけれども、
その肌合なり気持ちなりは、矢張会社の重役というよりも、お店の奉公人であって、
昔はよくかう云う風な、腰の低い、口の軽い、主人の【ご機嫌気褄】を取ることや人を
笑わせることの上手な番頭や手代が、何処の店にも一人や二人はいたものであるが、
井谷が今夜此の人物を加えたのも、座を白けさせないようにと云う心づかひでもあった
ことが察しられた。