正しいことは正しいと認め、正しくないことは正しくないと認めることを表す言葉です。
政治家がよく使うのを聞くことがあります。そんな政治家は、主義主張が無く、場当たり的であると受け取られかねないようです。
【是々非々】は『荀子』修身篇第三節に記載されている言葉です。5番目と6番目に出ています。
そこでは「是を是とし非を非とする、之を智と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」
となっています。
修身篇の【是々非々】の前後には、荀子なりの考え方で人の気性のいろいろを分類しているのが見ら
れます。2000年以上も前の人の考え方を覗いてみるのも面白いと思いまして、全てを列記してみました。
沢山ありますので、飛ばして頂いて結構です。
1)人に先立って善を行うことを 教(キョウ)
2) 善を行って人と協和することを 順(ジュン)
3) 人に先立って不善を行うことを 諂(テン)
4) 不善を行って人と協和することを 諛(ユ)
5) 是を是とし非を非とすることを(思考する) 智(チ)
6) 是を非とし非を是とすることを 愚(グ)
7) 良い人を傷つけるのを 讒(ザン)
8) 是を是と言い、非を非と言う 直(チョク)
9) 財貨を盗むのを 盗(トウ)
10) 行いを匿(かく)すのを 詐(サ)
11) 言うことがその都度変わって当てにならない 誕(タン)
12) 自分の進退がふらふらしているのを 無常(ムジョウ)
13) 利益を大事にして、人の道を棄てて省みないのを 至賊(シゾク)
14) 多く聞いて、覚えているのを 博(ハク)
15) 聞くことの少ないのを 浅(セン)
16) 多く物事を見て習熟しているのを 閑(カン:ならう。なれる。習熟する)
17) 見ることの少ないのを 陋(ロウ)
18) 物事を忘れやすく漏れが多いのを 漏(ロウ)
19) 手数は少なくても良く治まっているのを 治(チ)
20) 手が込んでいるけれど、ごちゃごちゃしているのを 秏(ボウ)
政治家は、国民にとっての「是々非々」で行動しなければならないのに、自分の為、党の爲、業界の爲の「是々非々」で行動している連中が多いようです。