駑馬(のろい馬)を十日間走らせて、一日に千里を走る駿馬に追いつく方法を言います。
平凡な人でも、一所懸命努力をすれば必ず成功する、という喩です。
『荀子』勧学篇の
騏驥も一躍にしては十歩なること能わず、駑馬も十駕すれば則ち亦これに及ぶべし。
名馬も一躍で十歩をとぶことはできず、駄馬も日数をかければ名馬に及ぶことができる。
また修身篇の
夫の驥は一日にして千里なるも、駑馬も十駕すれば則ち亦これに及ぶ。
かの名馬は一日で千里も走るが、駄馬でも十日もかかればやはりそれに及ぶことができる。
これを踏まえて、塩谷宕陰(しおのやとういん)著『鞭駘録:ベンタイロク』の序文にあたる「題鞭駘録」に、詳しく説明されています。
然則十駕之術如何。曰、
然(しか)らば則(すなは)ち、【十駕之術】如何(いかん)と。
いったい【十駕之術】とはどんなものだろうか、
鞭之鞭之、而又鞭。
之に鞭(むち)うち、之に鞭うちて、また鞭うつ。
鈍い馬を鞭うち、これを鞭うち、又鞭うつ。
今日行十里、明日行十里。
今日十里を行き、明日も十里を行く。
今日十里を行って、明日も十里を行く、
行行不息、百年如一、
行き行きて息(や)まず、百年一の如くせば、
行って行って休まず、百年一日このようにすれば、
必至所志、斃而後已。
必ず志す所に至り、斃(たお)れて而(しか)る後に已(や)む。
必ず志す所に到達する。それを死ぬまで続ける。
王貞治さんも言ってます。
努力は必ず報われる。
もし報われない努力があるのならば、
それはまだ努力と呼べない。