【高下(コウゲ)心に在り】と訓読みされまして、
事が成るか成らぬかは、決断を下す人の心がけ次第である、という意味です。
さらに、人事や賞罰を与える権利を握っている人の考え次第でどうにでもなる、という意味で使われることもあります。
中國古代は、四字熟語が豊富です。特に春秋戦国時代そのものと、その戦乱を治めようとして活躍した諸子百家の書物に豊富です。
【高下在心】もその一つです。
B.C.594年、宋(の文公)が、楚(の荘王)に攻められそうになり、晋(の景公)に救援したとき、景公は救援するつもりでいましたが、大夫の伯宗(ハクソウ)が救援を止める場面で【高下在心】が使われました。
出典は『春秋左氏伝』宣公十五年です。
宋の人は樂嬰齊(ガクエイセイ)を使者として晉につかわし、宋の危急を告げさせた。
晉の景公は宋を助けようとすると、大夫の伯宗は、
「それはいけません。古人の言葉に、【長鞭馬腹(チョウベンバフク):いかに鞭が長くても、
馬の腹にはとどかない】とあります。
今や天は楚を助けておりますから、まだ楚と争うことはできません。
いかにわが晋國は強いといっても、天に背くことはできません。
諺に曰く、高下心に在り。
諺にも、高くするも、低くするも心ひとつ、とあります。
川澤(センタク)汚を納れ、
川や沼は汚れた水を受け入れ、
山藪(サンソウ)疾を藏くし、
山や藪(やぶ)は毒虫をかくまい、
瑾瑜(キンユ)瑕を匿し、
美しい玉もきずを持っていることがありますから、
國君(コックン)垢を含むは、
國君たる者が一時の恥を忍ぶということは、
天の道なり。君其れ之を待て」、と。
天の道にかなったことなのです。しばらくお待ちください」と諫めたのです。
景公は宋を救援することを中止しました。