性質と行いが善良で公平であることを表した言葉です。
諸葛亮(ショカツリョウ)が北伐(魏への遠征)に出発する前に、(国に残す)若い皇帝劉禅(リュウゼン)を心配して書いたというのが前出師表(ゼンスイシのヒョウ)です。
宮中・府中は俱に一体となり、陟罰(チョクバツ)・臧否(ゾウヒ)、宜しく異同あるべからず。
宮廷と役所の者たちが、一体となって、官位の上昇や降下、人物の善し悪しの
判断については、人によって異なってはならないのです。
若し姦を作(な)して科を犯して忠善(チュウゼン)を為すに及びては、宜しく有司(ユウシ)に付して
其の刑賞を論ずるに、陛下の平明の理を昭(あき)らかにするを以てし、宜しく偏私(ヘンシ)して、
内外の法を異ならしむべからず。
もし悪事を行って法律を犯し、または忠善の行をした者が出た場合は、役人にまかせてその
刑罰と褒美を与えることで、陛下が公平であることをはっきりさせると宜しいでしょう。
そのときには人を依怙贔屓(エコヒイキ)したりして、国内・国外の法を曲げない
ようにしなければなりません。
・・・・・・(途中省略します)・・・・・・・
将軍の向寵(コウチョウ)は、性行は淑均(シュッキン)にして、軍事に暁暢(ギョウチョウ)し、試みに
昔日に用いるに、先帝は之を称して能と曰(い)い、是を以て衆議は寵を挙げて督と為す。
将軍の向寵は、性質と行いは穏やかで公平であり、軍事に関する道理に通じており、以前、
彼を試みて用いてみると、先の帝は彼を賞賛して能力のある人と仰せられました。
このことによって多くの人の中から彼を指揮官としました
・・・・・・(途中省略します)・・・・・・・
賢臣(ケンシン)に親しみて、小人を遠ざくるは、此れ先の漢の興隆(コウリュウ)せし所以なり
才能や仁徳にすぐれた家臣に親しんで、人格の劣ったくだらない者たちを遠ざけるのは、
これは初期の漢の国の盛んになった理由なのです。
小人に親しみ、賢臣を遠ざくるは、此れ後漢の傾頽(ケイタイ)せし所以なり。
一方で人格の劣ったくだらない者たちに親しんで、才能や人格にすぐれた家臣たちを
遠ざけるのは、これは後の漢の国が衰えてしまった理由なのです。