【夜を以て日に継ぐ】と訓読みされまして、夜からずっと次の日まで考え続けて、仕事をすることを表したことばです。簡単に言いますと、徹夜で考えることを言います。
『孟子』離婁(リロウ)章句下で周公の政務に対する思いを述べたところに【夜以繼日】がでています。
孟子曰く、
① 禹惡旨酒而好善言、
禹は旨酒(シシュ)を惡(にく)みて善言(ゼンゲン)を好(たの)しむ。
夏の禹王は人のうまいという酒を(亡国の原因として)遠ざけ、
人のいやがる善言は(興国の良薬として)楽しんで聞かれた。
② 湯執中立賢無方、
湯は中(チュウ)を執(と)りて賢(ケン)を立(た)つるに方(つね)無し。
殷の湯王は中庸の道を固く守り、賢者を登用するには、依怙贔屓はしなかった。
③ 文王視民如傷、望道而未之見、
文王は民を視(み)ること、傷(や)める(ものを傷む)が如く、
道を望むこと未だ之を見ざるがごとし。
周の文王は病人をあわれもように民をいたわり、正しい道を仰ぎ望むこと、
まだ見ぬものをあこがれ慕うように熱心であった。
④ 武王不泄邇、不忘遠、
武王は邇(ちか)きを泄(あなど)らず、遠きを忘れず。
周の武王は側近の者だからとて狎れて疎かにせず、
疎遠の者だからとて忘れて顧みないということはなかった。
周公思兼三王、以施四事、
周公は三王(夏・殷・周三代の王)を兼ねて、以て四事(①~④)を施(おこ)なわんと思う。
周公は、これら三代の聖王の行なった四つの事を合わせ心をくだかれた。
其有不合者、仰而思之、
其の有不合(あ)わざる者あれば、仰(あお)ぎて之を思い、
もし、それが今日の実情に合わないことがあると、天を仰いで思案をこらし
夜以繼日、
夜を以て日に繼ぎ、
夜からずっと次の日まで考え続けた。
幸而得之、坐以待旦。
幸にして之を得れば、坐して以て旦(あした)を待つ。
幸いにもよい解答が浮かぶとすぐにでも実行したくて、
そのまま寝ないで、夜の明けるのを待ちこがれたものであった。