火の消えた灰や立ち枯れた木のように、情熱や活力がまったく感じられない状態を言った四字熟語です。
【死灰:シカイ】は、燃え尽きて、火の気のない灰のことです。
【枯木:コウボク】は、立ったままで枯れてしまった木のことです。
【死灰】、【枯木】あわせて、人として情熱や活力がまったく感じられない状態を言います。
出典は『荘子』斉物(セイブツ)論です。
形(からだ)は固(もと)より槁木(コウボク)のごとくならしむべく、
肉体はもちろん枯れ木のようにすることができるし、
心は固より死灰(シカイ)のごとくならしむべきか。
心はもちろん火の消え失せた灰のようにすることができるというのは、
このことなのでしょうか。
人の道を収得しようとする人は、極端に活動的であったり、意気消沈したりすることなく、心静かにして溌剌たる気持ちをもつこと、というようなことだと思うのですが、『菜根譚』前集22條に、記載されています。
好動者、 雲雷風灯、
動を好む者は、雲電風灯、
動きを好む者は、雲間に光る電光や風に揺れる灯火のように、あまりにも動にすぎるし
嗜寂者、死灰槁木。
寂(ジャク)を嗜(たしな)む者は、死灰槁木(シカイコウボク)なり。
静寂を愛する者は、火の消えた灰や立ち枯れた木のように、あまりにも靜にすぎる。
須定雲止水中、
須(すべか)らく定雲止水(テイウンシスイ)の中(うち)に、
人間としては動かない雲や流れない水のような静かな境地にあって、
有鳶飛魚躍気象、纔是有道的心体。
鳶(とび)飛び、魚(うお)躍(おど)るの気象あるべくして、纔(わずか)に是れ有道の心体なり。
しかも鳶が飛び、魚が躍るような溌剌たるようすがあってこそ、
それで初めて眞に道を収得した人の心ばえであるとされる。