【風姿花伝】は世阿弥が父観阿弥から受け継いだ能の奥儀を、子孫につたえるために書いた能楽書の題名です。
世阿弥は、嘉吉(カキツ)3年8月8日(新暦換算:1443年9月1日)に亡くなっています。
今日は『世阿弥忌』です。
世阿弥は室町初期の大和猿楽(さるがく)結崎(ゆうざき)座の猿楽師で。父の観阿弥とともに猿楽(申楽とも。現在の能)を大成し、多くの書を残しました。その中の一つが【風姿花伝】です。
【その風を得て、心より心に伝ふる花なれば、風姿花伝と名づく】
先人の芸風を学び、心から心へと伝えていくのが芸能の花なのだから、
この書を『風姿花伝』と名づける。
と「奥儀に云ふ」に記載されていた所から【風姿花伝】と呼ばれるようになりました。
世阿弥の残した21種の伝書のうち最初の作品です。
亡父観阿弥の教えを基に、能の修行法・心得・演技論・演出論・歴史・能の美学など世阿弥自身が会得した芸道の視点からの著述になっています。
成立は15世紀の初め頃。全七編あり、最初の三つが応永7年(1400年)に、残りがその後20年くらいかけて執筆・改訂されたと考えられています。
最古の能楽論の書であり、日本最古の演劇論とも言える書であります。七篇は下記の様になっています。
序
第一 年来稽古条条
第二 物学条条
第三 問答条条
第四 神儀に云ふ
第五 奥儀に云ふ
第六 花修に云ふ
第七 別紙口伝
ところがこの【風姿花伝】も、「秘すれば花」宜しく一族の「秘伝書」として、その存在すらほとんど知られていませんでした。多くの人に読まれるようになりましたのは、明治42年に吉田東伍氏が学会に発表してからでした。
観阿弥、世阿弥の能はその後、観世流として現代に受け継がれています。
能の流派には、シテ方の五大流派としまして、観世、宝生、金春、金剛、喜多があります。
私も趣味で『謡』と『仕舞』をやっています。宝生流です。
水道橋の能楽堂で『仕舞』を披露したこともあります。この時は気分良かったです。
ですが、喉にポリープ、腰に腰痛で、ここしばらくは稽古を休んでいます。
治り次第稽古を再開しようと思ってます。