静岡県沼津市の大畑道子さん(38)は、福島県会津地方の民芸品「起き上がり小法師(こぼし)」の絵付けに魅せられ、この体験を機に約9カ月で1500個以上のオ
リジナルこぼしを製作、作品の売り上げの一部は被災地の人たちのために贈り続けている。
東日本大震災から1年を迎えた今年3月11日、大畑さんは福島県喜多方市で開かれた復興支援イベント「福幸祭」に参加。イベント会場で出合ったのが、会津地方名産の起き上がり小法師だった。初めてこぼしの絵付けを体験し、シンプルながら味わい深いこぼしにひかれた。
その場で2、3個を絵付けしたが、「もっと作ってみたい」と思った大畑さんは、郷里に戻りイベントの主催者に問い合わせた。早速、こぼしを20個取り寄せ、自宅でこぼしの絵付けを始めた。10年以上フラメンコを趣味とする大畑さんは、代表作の「ふらめんこちゃん」など数多くの種類のこぼしを製
作。
製作したこぼしの写真をインターネット上のフェイスブック(Facebook)で掲載したとこ
ろ、意外にも会津の人たちから大きな反響があり、「もっと作って欲しい」という依頼が舞い込むようになった。
「(素人のため)最初は自分でもわからない不思議なものを作っていた」と話す大畑さんだが、完成したこぼしは色鮮やかなものが多かった。自身がフラメンコを踊っていることもあり、フラメンコの衣装のような色合いになっていった。顔を描き、そして鮮やかな色合いに塗り変え、レースを張り付け、髪飾りを付けるなどしてオリジナルのこぼし「ふらめんこちゃん」を誕生させた。
作品は当初、知人らにプレゼントしていたが、その
うち「まとまった数で欲しい」という依頼が増え、「それならば製作のための実費だけをいただき、福島県への支援金として100円を付けてお分けすることができる」と考えた。そこから大畑さんの精力的な製作活動が始まった。
顔描
き後は、翌日に洋服の色塗り、その翌日には飾り付けと、休日や家事の合間を縫って製作に励む大畑さん。これまでにフラメンコをはじめ、イチゴちゃん、結婚の門出を祝福するウエルカムこぼし、和服の子ども、インド風の衣装をまとった子ども、フラダンスやベリーダンスの衣装の子ども、ヨーロッパの民族衣装の子どもなどを製作。それにアメリカから注文を受けたクリスマスツリー、サンタなど、意匠を凝らしたこぼしの種類は広がる一方。
本来のこぼしは、とんがったり、丸かったり、ちいさかったり、大きかったりとするが、
大畑さんはそれぞれの個性を生かしながら、一つひとつの形を見て製作。こぼしは、へこんだところに顔があるが、大畑さんは出張ったところにも顔を描いたりしている。このため、はじめは地元の人から「もともとのこぼしを知らない、素人ならではの発想」と笑われたが、人情味の厚い地元の人たちが心温かく見守り、大畑さんの支えになっている。
こぼしは注文を受けてから製作し、発送までに数カ月はかかる。「待たされたにもかかわらず、受け取られた人たちからは返事までいただき、感謝しています。支えていただいている人たちから『かわいいね。この子たちには何か伝えるパワーがある』と言ってもらえた時は本当にうれしかった」と話す大畑さん。
6月に会津若松市を訪れた際は、100個以上のこぼしを持参した。フェイスブックの友人たちが集まり、一つひとつの顔を見て、好みの子を選んでいたという。「間もなく開かれる会津地方の初春の伝統祭事、十日市はきっとこんな感じなのだろうと想像した」といい、「送り届けるのもいいが、やっぱり数ある中からお気に入りを選んでもらえるのが何より」と大畑さん。
製作したこぼしは12月で1500個を超えた。ほかに仕事を持っているため、「1日にそう何個も作れないが、みなさんが待ち望み、喜んでいただいているので、何とか頑張って製作しています」。それに「何個作っても、まだまだ楽しくてたまらない。注文いただいている皆さんには感謝の気持ちでいっぱい」と話す。
大畑さんはこれまでに大熊町に7万円を寄付、来年2月には寄付金10万円を持参し、会津若松市にある大熊町役場や南相馬市も訪れるという。同市の「よつば保育園」の園児たちには、卒園記念にこぼしを贈ることにしている。現在は卒園する21人の園児たちのために、一つひとつ心を込めて製作している。「小さなこぼしに、どんなメッセージを込められるか、毎日考えながら少しずつ作っています」と、大畑さんは園児たちとの出会いを楽しみにしている。同市には、併せて寄付金も贈りたいと話す。
今年3月11日、大畑さんは会津若松市の鶴ヶ城で犠牲者への黙とうをささげた。その道すがら、原発事故で避難する大熊町民らが描いたランタンが道沿いに延々と並んでいた。一つひとつを見て歩いた大畑さんは、涙があふれ出てとまらなかったという。「あの時の思いは絶対に忘れられない。その気持ちがこぼし製作の原点」と話す。