東京電力の広瀬社長は先ごろ、完全賠償を求めた福島県の佐藤知事に対し、返事を濁したまま県庁を立ち去った。賠償を請求する権利が民法上で3年間と定められているため、県側が「消滅時効」だけは回避しようとしたこととの絡み合いが背景にあるのではないか。ともかく、加害者（社）としての冷たい対応であり、被災者のみならず、すべての県民がやり切れぬ思いでいっぱいだ

▼東電によると、一度も本請求をしていない原発立地町村などの対象者は約2万4000人に上るという。未請求者の大半は時効の規定すら知らされず、先を閉ざされた視界のない生活を送っている。東電にすれば、法律にのっとり事務手続きを進めているのかもしれないが、まさか「刑事責任」はお忘れではあるまい。加害者としての反省や被災者への温情といったものがまったくなきに等しい

▼一方で、自主避難者の賠償は早期に基準を示さないというが、家庭の事情や勤めの関係上、経済的都合で避難できない県民が圧倒的に多い現実も直視すべきだ。それとも、見るのを避けているといった方がいいかもしれない。対応次第では今後、県民を壟断（ろうだん）するような差別とも言える格差問題が生じる可能性がある

▼原発事故前の放射線量は福島県が最大値で0.04、宮城県は0.05マイクロシーベルト。少なくとも、事故前の数値に戻るまで、そして除染が完了し、ふるさとに帰還できるまでは賠償を続行すべきである。対応によっては、公害罪法等による被害者の集団刑事告訴や業務上過失致死傷による法的手段に次々持ち込まれるだろうし、現に「福島原発告訴団」が15日、福島地検に1万人を超える第2次集団告訴・告発をする

▼さて、東電は福島復興支援のため、全社員を派遣するという計画案を示したが、こういう状況では、県民と社員が対峙するような事態になるのではないか。それとも、片手で手を差し伸べ、もう一方の手で平手打ちをくらわすつもりか。閉塞感からか、そんなことまで考えてしまう。【天下無双】
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（2012・11・2）