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復興への思い

「福島を思い続けて」 山梨学院大教授・小菅信子

山梨学院大教授・小菅信子

 【略歴】東京生まれ。上智大文学研究科史学専攻博士後期課程修了。山梨学院大法学部政治行政学科教授。ケンブリッジ大国際研究センター客員研究員を経て、現職。専門は近現代史、国際関係論、平和研究。国際日本文化研究センター「日本文化形成と戦争の記憶」共同研究員、国際歴史学会第二次世界大戦史日本委員、日本軍事史学会理事、国際政治学会員、国際平和研究学会員、アジア国際法学会日本協会員、石橋湛山新人賞選考委員、山梨県甲州市教育委員。
 ▼主な著書・論文・業績:『14歳からの靖国問題』(筑摩書房)、『ポピーと桜――日英和解を紡ぎなおす』(岩波書店)、『戦後和解』(中央公論新社、第27回 石橋湛山賞)『東京裁判とその後――ある平和家の回想』(翻訳、中央公論新社)、『自由思想』(石橋湛山記念財団、季刊)の東日本大震災特集に連載中。ほかに、編著、共著多数
■山梨学院大教授・小菅信子 自分が生きている間に、こんなことが起きるなんて、思ってもみないことでした。それもこの日本で、私の「心の故郷」である東北で――私の大好きな福島で。震災、津波、東京電力の原子力発電所事故。そのどれか1つだけでも、私の心は痛みと理不尽さを感じないではいられなかったでしょう。なのに、そんな大災害が1度に福島を襲ったのです。

 東北は、東京に生まれ、東京に育った私の「心の故郷」です。中学生の時の修学旅行は、会津の鶴ヶ城、猪苗代湖、厳美渓、それから奥州平泉でした。鶴ヶ城では、地元の方が、戊辰戦争での白虎隊の悲運を悼む舞いを踊ってくださいました。その優美で悲壮な舞踊を、私はいまでもはっきりと覚えています。
 東北は美しく、せつなく、懐かしい、亡き母の思い出ともかたく結びついています。
私の母は埼玉県行田市の足袋屋の末娘でした。ですから、母方の祖父や伯父は、足袋をつくっては東北へ行商にでかけました。昭和9年生まれの母は、自分が幼い頃に連れていってもらった福島の温泉場がどんなに楽しかったか、やはり幼い私によく話してくれました。
 長女の私は、父が早死にしたあと、そんな母を慰めるために、自分の幼い子供たちや、ときにはスキーが趣味の夫にも同伴してもらい、毎夏、毎冬、福島や宮城、岩手に遊びに行きました。
 母が亡くなったあとも、毎年のように、東北で家族旅行を楽しみました。平泉の中尊寺の境内に立つと、気仙沼の市場で買い物をしていると、猪苗代湖の湖畔を歩くと、亡き母がふと向こうから手をふって笑顔であらわれるような、そんな気がしてなりませんでした。
 
 2011年3月11日。母を亡くして5年が過ぎた年に、東日本大震災が起きました。
 大津波におそわれる東北各地の悲惨な光景が、母と一緒に歩いた港町が怒涛(とう)に襲われ燃える様子が、繰り返し、繰り返し、テレビで報道されました。茫然と見つめるほかありませんでした。眠りにつくこともできませんでした。うとうとすると、津波で亡くなった方々が夢のなかにあらわれました。そしてこんなふうにおっしゃるのです。
 「私たちの話を聞いてください。今夜は私たちの話を聞いてくれるひとたちを探して、明日の夜明けにはこの世を去らなくてはなりません」
 長く、目覚めた後もはっきり思いだせる、恐怖感などまったくない、不思議な夢でした。
 NHKのニュースが「被災地に無情の雪です」と東北各地の様子を伝えるのを聞いて、胸が張り裂ける思いでした。
 
 福島県の浜通りにある東京電力の原子力発電所で事故が発生し、原子炉建屋で爆発が起きたことを知って、私は何年も前にある全国紙の記者がつぶやいた言葉を思い出しました。
 「福島は2つも原発を押しつけられたから……」
 福島県出身のその新聞記者の方は、自分の故郷について楽しそうに語りながら、福島はいいところで、大都市もあれば田舎もある。山も湖も、きれいな川もある。海もある。自分は力仕事のほうが得意だから、新聞記者よりも漁師になったほうがよかったかもしれないと思うことがあると、自分の故郷をさんざん自慢したあと、「でも……」と続けて、「福島は2つも原発を押しつけられたから」と独り言のようにつぶやいたのです。
 
 いま、私が家族と暮らしている山梨県も、東電の管内にあります。
 わが家は実は兼業農家で、夫婦で勤めに出ながら、古くからの知り合いや近所の方に全面的に力を貸してもらって、桃やワイン用の葡萄(ぶどう)をつくっています。
 今年、私は、はじめて福島の桃を食べました。伊達産の桃で、やや小さめで、産毛(うぶげ)が少なくて、水で洗って軽くタオルで拭(ふ)くと、皮もむかずにそのまま食べることができました。ちょっと固めで、香りのとてもよい、かわいらしい桃。山梨の桃もおいしいですが、福島の桃もまた違った味でとてもおいしいのです。
 原発事故による低線量の放射汚染が心配されていましたが、福島の桃農家の方たちは、特別な除染作業を畑や桃の木に施して、安心して食べられる、おいしい桃を、真心と時間と労力の限りを尽くして実らせたのです。兼業農家の兼業主婦である私には、福島の農家の方々の怒り、悔しさ、無念さ、脱力感、不屈の挑戦心が、ほんの少しでもわかるような気がします。
 
 いわき市の小名浜漁港で震災後2度目にカツオの水揚げがあった時に、運よく、そこに居合わせることができました。雨の降るなか、活気あふれる漁港の様子を、傘もささずに夢中で写真を撮っていると、漁港の人が心配して声をかけてくれました。
 「カツオの水揚げ、おめでとうございます!」
 私がそう叫ぶと、漁港の方が、満面の笑顔をたたえて、とれたてのカツオを1尾もってきてくださいました。
 「これをもっていっていいよ」
 いいえ、ダメです、それじゃあ商売にならないじゃないですか、私、買います、買って食べます――笑顔でそう遠慮すると、漁港のかたも笑顔で、「わかった、わかった!」と答えてくださいました。
 
 福島の農家も、漁師も、そこに暮らす誰もが、低線量被曝や低線量放射能汚染に心を砕いていることは、幾度となく震災後福島を訪れ、いろいろな方から聞いたお話や、街を歩き、買い物をして日帰りの温泉でやすらぐ時に耳にした地元の方々の言葉から、痛いほどよくわかります。
 失望と無念と怒りと、希望と信念と愛情と、疲れ果て、倒れ、なお歩もうと前を向き、あるいはうなだれて、でも、私の出逢った福島に暮らす方たち、山梨に避難してこられた方たち、そのどなたも、想像を絶する苦難のなかに生きる、私と同じ普通の人々でした。
 大震災の発生から1カ月後にようやく、災害支援物資を運ぶボランティアの一員として福島県相馬市と宮城県石巻市を訪れて以来、これまでに福島県を何度訪れたでしょう。福島はとても広く、地方といっても〈偉大な地方〉で、訪れれば訪れるほど、その多様な歴史と文化に圧倒されます。

 山梨で桃をつくり、福島で桃を食べて、何気なくいつものようにインターネットを眺めていたら、東日本の桃はすべて「汚染」されている恐れがあるなどという、くだらないデマを広めている人たちがいることに気がつきました。
 これまでも、いろいろな機会に話し、書いてきたことですが、差別や暴言、そして風評被害の拡散は、暴力を振るうのと同じです。
 「汚染地」とか、「フクシマ」とか、あえて東日本や福島をそう呼ぶとき、それが幻想なのか現実なのか、よく考えていただきたいのです。福島は、大きな犠牲を強いられた「服喪の地」であり、「復興の地」です。本当の福島を訪れて、本当の福島を知ってほしいのです。
 もちろん、私はこれからも福島を訪れ、福島のことをもっとよく知るように努め、福島で食卓を囲み、福島に癒され、福島を応援します。福島に暮らし、あるいは福島から離れたみなさまには、命の続く限り、私が福島を思い続けることをゆるしていただきたいのです。


  【写真:南相馬市原町区堤谷にさく白い花々】

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