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コラム・筆は一本也

「バランス感覚」

福島県を代表する景勝地・猪苗代湖。その西岸の長浜の高台に「天鏡閣」という由緒ある洋館が建つ。由来を解けばなかなか意味深い建物のようだ。幕末に江戸城を総攻撃する官軍の大総督を務めた有栖川(ありすがわ)宮親王が属する有栖川家の別邸だったことでも知られる。猪苗代湖の美しい景色に魅了された有栖川親王が建立したものだが、後に福島県に下賜され、復元を経て1982(昭和57)年から一般に公開されている。サクラの開花や紅葉の季節、夏休みともなると観光客や家族連れらが訪れ、展示品などを見て回れる観光スポットでもある。
 
▼時は幕末で公武合体が台頭し始めた1860(万延元)年、幕府は孝明天皇にその妹和宮を将軍家茂の嫁として迎えることを願い出た。ところが和宮には許嫁(いいなずけ)の有栖川宮親王がおり、それを幕府は押し切って嫁入りさせた。ところが、結婚3年で家茂と兄の孝明天皇が急逝、時代は倒幕へと転じていく。皮肉にも江戸城総攻撃の総指揮官は許嫁だった人。無血開城を朝廷に願い出ていた和宮はその後に出家するが、箱根の塔ノ沢にて31歳で病死。時代に翻弄され、そうした中での早世だった。
 
▼天鏡閣には激動と悲劇の歴史が隠されている。昭和天皇ご夫妻が新婚旅行で訪れたことでも知られる天鏡閣だが、新婚旅行中に両陛下がお乗りになった馬車は今も保存されている。お二人はその後も吾妻スカイラインや天鏡台で行われた全国植樹祭、思い出の旅などで幾度も福島県を訪問されている。会津戦争では西軍(官軍)との熾烈な戦いが繰り広げられたが、有栖川宮家の別邸が会津の観光のシンボルに変わっているという歴史の妙に不思議な気もする。ちょっぴり安堵し、それでも心なしか抵抗感も感じたりもする。
 
▼宮家への会津からの嫁入りと言えば、秩父宮妃を思い出す。旧会津藩主松平容保の六男で外交官の松平恆雄の長女、松平節子(せつこ)さん。秩父宮雍仁親王の母である貞明皇后の名「節子(さだこ)」の同字を避け、皇室ゆかりの伊勢と会津松平家ゆかりの会津から一字ずつ取り、勢津子(せつこ)に名を改めたと言う。賊軍の汚名をそそぎ、相和して歩むという日本独特のバランス感覚はこの辺りから生まれたのだろうか。隣国同士が角突き合わせてトップセールスする姿。やっぱりいただけない。【一言居士】
                        (2015・10・23)

                    

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