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コラム・筆は一本也

「忘れてならない日」

今月3日に亡くなった作家で文化勲章受章者の阿川弘之さん。中学3年生の時に二・二六事件が起こった。阿川さんはひどく興奮し、帰宅するなり母親に向かい「こういうことは大嫌いじゃ。無茶苦茶じゃ。これじゃけぇ陸軍はいやなんじゃ」と大声の広島弁でまくし立てたという。この時、阿川家では父親がいつもの通り、近所の退役陸軍大佐と碁を打っていた。母から「大きな声を出しなはんな。聞こえたら悪いがな」と小声でたしなめられたと語っている。二・二六事件とその歯切れの悪い様子を見て、徹底的な陸軍嫌いになったという後日談がある。(Wikipediaより)
 
▼阿川さんは東大国文科を繰り上げ卒業し、海軍予備学生になっている。中国大陸で敗戦を迎え、捕虜生活の後、復員して故郷・広島の惨状を目の当たりにしている。阿川さんだけでなく、戦争や原爆の惨状を知る人がひとり一人いなくなっている。朝日新聞が行った被爆者アンケートによると、被爆体験が次世代に「全く」「あまり」伝わっていないと回答した人が5割を超えたという。NHKの調査でも、広島、長崎の原爆投下で実に7割以上の人が投下の日を間違えているか、記憶にさえも残っていないという実態がわかった。
 
▼「戦後は遠くなりにけり」と言われたのは、昭和の高度経済成長期のころである。敗戦が濃厚になり、物資不足や食糧難の時代に幼少期を過ごした一人だが、世界初の原爆投下、米軍のB29爆撃機の飛来を教えられ、子どもなりに戦争の悲惨さが胸に刻まれた。戦争を知らない世代が国民のほとんどを占め、いつかは戦争の実体験者はいなくなる。世界初の原爆が広島市に投下されたのが昭和20年8月6日。朝8時15分だった。35〜40万人の人口のうち25万人前後の人たちが即死、もしくは5年以内に亡くなっている。3日後の9日午前11時2分、今度は長崎市に2度目の原爆が投下、約12万人が犠牲に。
 
▼3度目の被災となると忘れている人も多いようだ。昭和29年3月1日マーシャル群島・ビキニ環礁付近で操業中の第5福竜丸が「死の灰」を浴び、無線長の久保山愛吉さんが半年後に亡くなった。原爆の数千倍の破壊力をもつ水素爆弾の実験だったことがわかっている。これを契機に8月6日は広島で原水爆禁止世界大会が開かれている。戦後70年の今年、政府声明の文言をめぐり賛否両論のあるわが国だが、人類史上例を見ない被爆国としての主張、そして戦争に突き進み他国を巻き込んだ是非をはっきり盛り込む必要があるとあらためて思う。【天下万民】
                    (2015・8・6)

 

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