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コラム・筆は一本也

「美女との逢瀬」

世に言う絶世の美女。しかも教養に優れた才色兼備なら言うことはないだろう。歴史上にその名を轟かせる美女も、時代を遡れば今ひとつ素性のわからない美人も多々ある。福島県ゆかりの歌人と言われる小野小町もそのひとり。歌人としてだけでなく、誉れ高い美人でもあったらしい。彼女には七小町として数々の逸話がある。七小町とは、小野小町を題にした七つの謡曲のこと。能楽作品として彼女の名辞が今に伝わる。そんな小野小町だが、素性がはっきりしないこともあり、ゆかりの地は東北だけでも各地にある。
 
▼福島県に限って思いめぐらしてみれば、県の中通りにある生誕伝説の町・小野町が挙る。地名もさることながら、ここの本気度は高い。地元の資料には、小野小町の祖父が出羽の国司をしており、小町は小野町で生まれて、小野という地名の起源となっている。その昔は標高も高くて貧しい土地柄だったらしいが、祖父のおかげで農業や畜産が盛んになったようだ。特に江戸時代は馬の産地としても有名になった。さて、小野小町だが、平安初期の歌人で「六歌仙」の一人。勅撰和歌集には数々の秀作を残している。
 
▼かの「小倉百人一首」には、「花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに」という歌がある。百人一首は天智天皇や持統天皇、柿本人麻呂、菅原道真、源実朝らそうそうたる人が収められており、六歌仙の一人である小野小町の歌は高く評価されていたことがわかる。実在の歌人ながらいまだにその生涯はわかっていることが少ない。伝説、墓などの遺跡は全国各地にあるが、東北だけでも60近くのゆかりの地があるというから争奪戦も想像以上だろう。
 
▼福島県小野町には、美女伝説に加えて、「小町の湯」「おのまち小町バーガー」といった案内板もある。目抜き通りは「小町通り」と名付けられ、お年寄りの施設も「こまち荘」と命名されている。観光客からの問い合わせも頻繁らしい。今で言うアイドル的な美しい娘を「小町娘」とも呼ぶ。今の若い世代には「小町似…」と言われても、逆に「困っちゃう…」と曲解されるらしいから当の小野小町も草葉の陰で苦笑しているかもしれない。小野町には人気の「リカちゃんキャッスル」もある。美女伝説の地の新看板だ。
 
▼阿武隈山地にある小野町を流れる夏井川。いわき市にかけての渓谷美は桜並木や紅葉樹とともに絶景だ。川が一望できる諏訪神社には、鳥居杉の「翁杉」や「おうな杉」があり、そろって天然記念物に指定されている。山ツツジの節には、傾斜がなだらかな県立自然公園の高柴山がある。初心者にも登りやすく、気軽なトレッキングコースにはお勧め。古今和歌集で詠まれた小野小町の「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらましを」。そんな思いに触れつつ、小町との逢瀬を重ねてみたい。【平々凡々】
               (2015・5・30)

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