世界の人口の約4分の1を占め、16億〜18億人といわれるイスラム圏。イスラム教徒（ムスリム）には、アッラーの神への礼拝や日常生活を営む上でさまざまな戒律がある。なかでも礼拝、断食、喜捨、巡礼、善に関することは義務であり、「日々の五回の礼拝を怠ること」「人々に善行を勧め、悪から離れるよう忠告する義務を怠ること」などは大罪とされている。戒律の厳しい、善行を教是とする教派だが、異端ともいえるイスラム過激派組織「イスラム国」のメンバーと見られる男が、人質として拘束している日本人2人に対する身代金を要求した。

 

▼中東を歴訪中の安倍首相がイスラム国対策として２億㌦の支援を行う方針を示したことや、日本が十字軍への参加を志願したことを理由に支援金と同額の2億㌦（日本円で236億円）を72時間に以内に支払わなければ殺害すると警告。支援金はわれわれの女性や子どもを殺し、家々を破壊するためであり、イスラム戦士に対抗する背教者を訓練するものだとして、2人の日本人の命の値段を合わせて2億㌦として要求。さらに日本国民に政府を説得するよう促している。数々のわが身の悪逆非道を持ってしても正義は唯一我にあり、それ以外はすべて悪という論理だ。

 

▼中世欧州のキリスト教徒による対イスラム遠征軍「十字軍」にまでさかのぼる西洋への遺恨であり、米国に対する復讐でもあるが、これに安々と加担した日本への見せしめでもあるようだ。集団的自衛権、積極的平和主義を唱える安倍首相の中東歴訪のタイミングを見計らったような対抗措置ともいえ、限られた時間の中での人命救出が困難を極めるのは想像に難くない。日本外交は「イスラム国」を基盤とするシリア、イラクにどれだけのチャンネル、地下水脈の情報を持てているのか、その点も疑問だ。

 

▼危険な地域に足を踏み入れるフリージャーナリストやNPOボランティアらの行動がよく批判の対象となるが、今回の安倍首相の中東歴訪は用意周到で綿密な準備が果してなされていたのか、これも疑問だ。歴訪先は日本とつながりの深い石油産出国とはいえ、今、世界で最も危険な地帯である。岸田外相が滞在先のベルギーで「欧州諸国、米国など関係国とも意思疎通を図りたい」と記者団に語ったというが、この言質だけを捉えただけでもこの国が心底心配になる。ビジネス外交・積極外交を頭から否定はしないが、よくよく日本は内憂外患であることを忘れてはならない。【天下泰平】

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（2015・1・21）